訪日外国人観光客の増加に伴い、幅広い分野でインバウンド集客の重要性が高まっています。
本記事では、多様な文化的背景を持つ訪問者に対し、視覚的・構造的に自社の製品やサービスを伝えるデザインを解説します。
日本と海外における表現の違いと背景
- 文化的・歴史的背景による表現の違い
- 思考様式の違いによる表現の違い
文化的・歴史的背景による表現の違い
商品やサービスの案内に、単に英語表記を加えるだけでは、誤解や違和感を生むケースがあります。
例えば、宿泊施設の案内に「Please take off your shoes」という表示の記載のみだと不快感を示す声があります。
この案内を「Japanese rooms are enjoyed barefoot – thank you for sharing this custom!」という表現とイラストを組み合わせたものに変更することで、文化体験として自然に受け入れてもらえるようになります。
思考様式の違いによる表現の違い
日本では「この先右折」「次の信号を左」など、細かく丁寧な案内が一般的です。
一方欧米では「Turn right at the gas station」など、ランドマークを基準とした説明が好まれます。
これは単なる言い回しの差ではなく、情報処理の文化的傾向の違いによるものです。
空間認識の際、連続した手順の積み重ねによるプロセス重視の思考をする日本と、空間を大まかに把握し、視覚的に認識できるポイントで判断するランドマーク重視の思考をする欧米の差が表れています。
このような違いにより、同じ目的でも伝え方には大きな差が生まれます。
インバウンド対応では、こうした背景を踏まえた表現設計が不可欠です。
インバウンド対応に必要なデザインの考え方
文化や言語の違いが存在するからこそ、感覚や経験に頼った「なんとなくのデザイン」ではなく、論理的かつ構造的なプロセスに基づく設計が不可欠です。
- プロセスベースで考える「伝える設計」
- 誤解を防ぐ設計
プロセスベースで考える「伝える設計」
1. ターゲットの明確化(誰に伝えるか)
国籍、言語、訪問目的(観光・ビジネス・教育など)、文化的背景、ICTリテラシーなど、ターゲットの属性を具体的に定義します。
たとえば、英語が母語であっても、アメリカとシンガポールでは視覚的・言語的な受け取り方に違いがあることを考慮する必要があります。
2. 課題の抽出(どんな障壁があるか)
ターゲットが情報を受け取る際に直面する言語・文化・習慣・環境面での障壁を洗い出します。
例えば「土足厳禁」という日本の常識が、外国人観光客にとっては無意識のうちに犯してしまうルールであるように、違和感や誤解のリスクを見つけ出し、それに先回りする形で対応する必要があります。
3. 伝えるべき情報の整理
伝えたいことをすべて詰め込むのではなく、「何を最も伝えるべきか」を選び抜きます。
観光案内、施設利用、注意喚起など、目的ごとに情報の優先順位を整理し、不要な情報をそぎ落とします。
4. コンセプトの言語化
「このデザインは何を、どう感じさせるためのものか?」を明文化します。
これにより、携わるチーム内での目的のブレを防ぎ、複数言語・複数表現に展開する際の軸を確立できます。
例えば「和の体験を楽しんでもらう」という意図が明確であれば、注意書きや説明文も命令口調ではなく、文化紹介型の表現に変わる可能性があります。
5. 適切なビジュアルと言語の選定
ターゲットが直感的に理解できるビジュアルや言語を設計します。
言語翻訳だけでなく、ピクトグラムや写真、色使い、フォントの選定も含めて「伝える設計」を行います。
文化的文脈や視覚的慣習の差異(例:読み進める方向や色の意味など)を踏まえた調整も求められます。
感覚ではなく構造で考えることが重要です。
文化的違いがあるからこそ、デザインには論理的な設計が求められます。
誤解を防ぐ設計
例えば視覚記号(ピクトグラム)は、言語の違いを超えて情報を伝える手段として有効です。
しかし形状や意味が文化圏によって異なる場合、かえって誤解や混乱を招く恐れがあります。
禁止マークの色や人物のシルエット表現などが、地域によっては侮辱的・不明瞭と受け取られることがあります。
したがって、単に「伝える」だけでなく「誰にでも直感的に伝わる」ことを重視しつつ、国際標準に基づいたデザインと言語的文脈の検証が不可欠です。
インバウンド向けデザインの事例紹介
事例1:観光庁の多言語対応支援事業における観光マップ改善
観光庁が実施した「多言語対応支援事業」では、外国人観光客向けの観光マップの改善が行われました。
従来のマップは情報量が多く、視覚的にわかりづらいという課題がありました。
そこで、体験導線に沿ったアイコン設計と、多言語対応の動画ガイドを組み合わせ、直感的なナビゲーションを実現。
訪問者の満足度向上と同時に、案内スタッフの負担も軽減されました。
詳しい事例やデザインの指針については、観光庁公式サイトが参考になります。
参考:観光資源の多言語対応に役立つ観光庁の指針と動画をご紹介
事例2:大手ドラッグストアのインバウンド向け売り場改善
訪日外国人による利用が多い大手ドラッグストアの店舗で、「目的の商品が探しにくい」「表記が分かりづらい」といった要望が頻出していました。
そこで、棚配置を「症状別」などの目的基準に再設計し、多言語表記とイラストでの補助説明を追加。
結果として、外国人客の購買率と回遊率が上昇しました。
「ターゲット視点での情報設計」と「ビジュアルと言語の多層的補完」を工夫した例といえます。
多言語対応ではなく、設計段階からの多文化対応が必要
インバウンド対応において、単なる翻訳や多言語表示では、情報の伝達は不完全です。
そもそもの情報構成やユーザー体験設計の段階で、異文化に配慮したコンセプト設計が不可欠です。
多文化対応に配慮されたデザインを考えるデザイナーには以下のスキルが求められます。
文化的リテラシーとリサーチ力
多文化対応において対象となる文化への理解は必須です。
単なる言語の知識にとどまらず、宗教的価値観、日常の行動様式、デザインの受け取り方、色彩の印象、ジェスチャーや記号の意味といった、文脈を含んだ「文化的背景」全体への感度が問われます。
たとえば、欧米では赤が「警告」や「注意」を示す一方、中東地域では幸福や祝福を表す場合があります。
このような違いに配慮せずにビジュアルを設計すると、意図と逆の印象を与えてしまう可能性があります。
デザイナーには、各国の文脈に応じたユーザーリサーチやフィールドワークを行い、それをアウトプットに反映するスキルが不可欠です。
情報設計とコンセプトメイキング力
多文化環境において「何を、どの順番で、どのように伝えるか」という情報の設計力が非常に重要になります。
言語による説明が十分に機能しない状況下では、情報の構造そのものがユーザーの理解度を左右します。
このためには、「誰に届けるか(ターゲットの明確化)」を行い、「何が障壁になっているか(課題の抽出)」を整理した上で、「どのような価値を届けるか(コンセプトの言語化)」に落とし込む設計力が求められます。
文化が異なるからこそ、直感的理解に頼らず、構造化された情報設計がより効果を発揮します。
視覚と言語の統合スキル
伝達手段としての「言語」に偏りすぎると、多言語環境では伝わらない可能性が高まります。
そこで、ピクトグラム・カラーコーディネーション・インフォグラフィックといった視覚的手段を駆使することが求められます。
これにより読み手の母語に関係なく、一定の理解レベルを保つことができます。
また、ビジュアル要素が言語の意味を補完することで、誤訳や誤解を減らす効果もあります。
多言語化されたテキストがレイアウトに与える影響も視野に入れ、どの言語でも破綻しないデザイン設計ができることも大切なスキルのひとつです。
ユーザー視点での検証・改善プロセス
異文化ユーザーにとっての「わかりやすさ」は、製作者側の想像だけで測ることはできません。
そのため、プロトタイプ段階でのユーザーテストや、多様な背景を持つテストユーザーのフィードバックが不可欠です。
ここで求められるのは、UI/UXの知識やフィードバック分析のスキル、そして改善を前提とした柔軟な設計思考です。
単なる制作で終わるのではなく、「運用」と「改善」まで含めた総合的なプロセスに関与する力が、デザイナーに求められます。
以上のように、設計段階から多文化対応を実現するには、ビジュアルの技術だけでなく、論理的思考・文化理解・ユーザー検証など、複合的なスキルが求められます。
その総合力こそが、「ただ伝える」ではなく「確実に伝わる」デザインを実現する鍵となります。
表現の一貫性のあるコンセプトが伝わるデザインになる
文化を超えて情報を届けるには、「どんな行動を促したいのか」「どんな体験をしてほしいのか」といった体験ベースのコンセプトが必要です。
表現の一貫性があることで、言語を超えたメッセージとして機能します。
kazeniwa Creative Teamでは、文化や言語の違いを前提に、体験を基点としたデザイン設計を行っています。
どのような行動を促し、どのような情報をどのように伝えるかを丁寧に設計することで、多様な背景を持つ人々にも伝わる表現を実現します。
見た目の印象だけでなく、理解や共感につながるクリエイティブを目指し、クライアントの目的に沿ったかたちで提案・制作をお手伝いします。