SDGsの謳い文句「誰一人取り残さない」は、社会から追いやられ、社会の周縁で生きざるを得ない人々が存在している現実を皮肉にもあぶり出しています。
そういう人々にどうやってアプローチし共に生きていくか―それは私たちの社会が抱える大きな課題です。
その課題解決にSNSが役立つことをご存じでしょうか。
SNSは人々の交流の在り方を一変させました。SNSを使えば、置き去りにされがちな人々にアプローチし、彼らに手を差し伸べ、彼らと調和して生きていくことが可能です。
SNSはSDGsが謳う社会的包摂を促進し、人々にコミュニティへの帰属意識を与えることができるのです。
本記事ではSNSの社会的側面にフォーカスし、その意義を探ります。
SNSを使ったインクルージョンの実現
「社会的包摂( social inclusion )」は、とっつきにくくわかりにくい言葉のように感じられますが、要は「誰一人取り残さない」社会を目指していくということです。
世の中には、貧困や失業をはじめとするさまざま要因によって、社会から排除されている人々がいます。組織や居場所、役割など自分の存在を承認するものを失ったとき、人は社会から排除され、社会への帰属意識を失って疎外感を抱きます。
そのような状態に陥ることを「社会的排除(social exclusion)」と呼びますが、「社会的包摂」はそのように排除されている人々と他の人々とのつながりを回復させ、その人が抱えている問題の解決を図りつつ、社会の中に再び迎え入れていこうとする考え方のことです。*1
では、SNSはどのように社会的包摂に寄与するのでしょうか。
SNSの普及状況
まず、SNSは現在、世界中で多くのユーザーに利用されています(図1)。*2
図1 世界の主要SNSの月間アクティブユーザー数(2022年1月)
出典:総務省「令和4年版情報通信白書」p.82
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/pdf/01honpen.pdf
日本でもスマートフォンが普及し、2021年の世帯保有率は88.6%に上ります。SNSのユーザーも増加し、若者はもちろんのこと、80歳以上の年代でも46.7%と半数に迫る勢いです(図2)。*3
図2 SNSの利用状況
出典:総務省「令和3年版 情報通信白書」p.310
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/01honpen.pdf
地域のインクルージョンに向けて
地域コミュニティのつながりが薄れ、コミュニティから孤立する人が増えていくと予測される
現在、SNSを中心としたICTの活用が、地域のインクルージョンの実現につながると考えられます。*4
自治体やNPO、企業などが運営するSNSなどのICTプラットフォームを介して、同じ地域の人々が交流するようになれば、地域内の課題や個人の抱えている問題がみえてきます。
その上で、問題を抱えている人と、そういう人を手助けしようとする人とを結びつけることで、住民同士が助け合う関係の構築が可能になります。
では、困りごとを抱えている人は、そのようなSNSがあれば本当に利用してみたいと思っているのでしょうか(図3)。
図3 日常生活の支援に関するSNSの利用意向(困っている人の回答)
総務省(2018)「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」p.47
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h30_03_houkoku.pdf
図3によると、サポートを得るためにSNSを利用したいという回答が全体で53.8%と、半数を超えています。
では、引き受けようという人はどのくらいいるのでしょうか(図4)。
図4 日常生活の支援に関するSNSの利用意向(助けたい人の回答)
総務省(2018)「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」p.48
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h30_03_houkoku.pdf
多くの項目で「無償でも引き受けたい」と回答した人が半数を超えました。
この調査結果は、地域で困りごとを抱えている人と、それを助けたい人がSNSでつながることによって、インクルージョンが促進する可能性を強く示唆しています。
インクルージョンに向けたSNS活用の事例
高齢者の単身世帯が増える中、今後は単身高齢者のインクルージョンが重要になりますが、高齢者にとってSNSは「社会とつながり続けるための手段」になり得るという調査結果があります。
総務省の資料によると、SNSを活用したある企業の退職者OB会は、認知機能の衰えや移動の制約、施設入所などによって切れてしまいがちなつながりを維持し、「久々に会っても疎外感を感じない」「社会とつながっている感覚」がもてることを目指しています。*5
また、歩行が困難になった90代の男性は古寺めぐりなどの活動に参加することができなくなりましたが、毎朝Facebookで活動の様子を確認し、「いいね」ボタンをクリックしたりコメントを書いたりすることによって「元世話役としての使命感と充足感」が得られているという事例もあります。
SNSの分類と特徴を生かした取り組み
SNSの種類によっては、限定された地域や顔見知りの人ばかりでなく、より遠くの人ともつながることが可能です(図5)。*4
図5 SNSの分類と特徴
出典:総務省(2018)「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」p.53
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h30_03_houkoku.pdf
図5では、SNSを「広場型」と「フィード型」に大別し、縦軸に配しています。広場型は運営者がコミュニケーションの場を設定して、そこに参加者が特定のテーマに関係する情報を投稿するもの。
一方、フィード型は、参加者が投稿する様々な情報が一覧となって表示されるものです。
次に横軸は、現実社会の身近なつながりに関わるものか、あるいは現実社会では普段会うことのない遠くのつながりに関するものかの分類です。
インクルージョンに向けてSNSを活用する際は、それぞれの特性を理解し生かすことによって、より多様な取り組みが実現するでしょう。
社会的包摂に向けたThe Body Shopの取り組み
ここでは、社会的包摂に強くコミットするブランドの事例として、The Body Shopの取り組
みをみていきましょう。
認定Bコーポレーションとしての取り組み
同社は長年にわたって、社会・環境保護活動を支援し、世界各地で多くの問題に対する啓蒙活動に取り組んできました。
こうした活動により、同社は2019年に「認定Bコーポレーション」に認証されました。*6
認定Bコーポレーションとは、社会と環境に関わる業績、説明責任、透明性の厳格な基準に適合しているとして、アメリカの非営利組織「B Lab」によって認証された企業です。*7
例えば、同社のコミュニティ・フェアトレード調達プログラムでは、倫理的かつ持続可能な方法で高品質の製品原料を調達するだけでなく、現地の生産者グループにプレミアム価格を支払っています。
それは、現地の人々が、新しい学校や医療施設、水源の改善などに投資して、よりよいコミュニティを作っていけるようにするためです。
コミュニティ・フェアトレード・パートナーの多くは、気候変動の悪影響を受けている南半球に住む低所得者層です。
そのため、製品に関わるすべての労働力が公正に評価されるようフェアプライス(公正価格)のアプローチも開発し、生活賃金(労働者とその家族の生活を保障する水準の賃金)が達成できるように支援しています。
The Body ShopがSNSで発信していること
では、同社は現在SNSでどのような発信をしているのでしょうか(図6)。*9
図6 The Body Shop UKの公式Twitter(2022年7月6日現在)
出典:The Body Shop UK@TheBodyShopUK
図6は、 The Body Shop UKのTwitterプロフィールページです。
このページには商品の写真も広告もなく、あるのはハッシュタグ“#BeSeenBeHeard”で同社が推進するキャンペーン情報だけ。
このページだけでなく、これまでのほとんどの投稿がインクルージョンに関連したものです。
“BeSeen BeHeard”は、若者の政治参加を推進するためのキャンペーンです。*10
世界人口の約半数が30歳未満であるのにもかかわらず、世界の国会議員のうち30歳未満はわずか2.6%で、政治指導者の平均年齢は62歳です。
若者に関する調査によると、すべての年齢層の69%の人たちが、政治における年齢バランスは間違っていると考え、若い世代が政策に関して発言する機会を増やせば、政治システムをより良いものにすることができると回答しています。*11
そこで、政治的な意思決定の場から日常的に排除され続けている若者は「姿を見られ、声を聞かれる」べきだ、彼らを公の場に迎え入れ、政治参加を促すべきだと主張しているのです。
このキャンペーンは2022年から3年かけて、75以上の国に存在するThe Body Shopの2,600店舗で展開する予定で、日本の店舗は既に参画しています。*12
今後の展望
これまでみてきたように、SNSは地域におけるインクルージョンを促進し、企業の社会貢献活動としてのインクルージョン推進にも寄与します。
今は営利組織である企業にも積極的な社会貢献が期待される時代です。欧米では社会的課題解決に向けた取り組みを企業の副次的な社会貢献活動として行うのではなく、The Body Shopのように企業目的そのものとして掲げつつ営利を追求する、ハイブリッド型組織が注目されています。*7
インクルージョンに向けたSNS活用は、サービスとしての社会的包摂と、コンテンツとしての社会的包摂が入れ子型になっているといえます。
社会的包摂がキーワードになっている現在、こうしたSNSの在り方は大きなポテンシャルを秘めているといっていいでしょう。
資料一覧
*1
齋藤立滋「日本における社会的排除の研究 -現状と課題-」p.37
https://core.ac.uk/download/pdf/84116548.pdf
*2
総務省「令和4年版情報通信白書」p.82, p.19
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/pdf/01honpen.pdf
*3
総務省(2021)「令和3年版 情報通信白書」p.310
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/01honpen.pdf
*4
総務省(2018)「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」p.46, p.47, p.48, p.53
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h30_03_houkoku.pdf
*5
総務省「虚弱化・認知症高齢者の社会的な 自立を支える為のICTの可能性」p.13, p .14
https://www.soumu.go.jp/main_content/000522854.pdf
*6
The Body Shop International Limited “Section 172 (1) Statement(ステートメント第172条(2)”
https://thebodyshop.a.bigcontent.io/v1/static/Section_172_Statement_website_version
*7
鈴木由紀子「 ベネフィット・コーポレーションの展開と課題」(『商学研究』第33号) p.99, p.93
https://www.bus.nihonu.ac.jp/wpcontent/themes/nichidai/assets/img/unique/laboratory/kiyo/SuzukiYukiko_33.pdf
*8
The Body Shop “2021 SUSTAINABILITY REPORT” p.9
https://thebodyshop.a.bigcontent.io/v1/static/The_Body_Shop_Sustainability_Report_2021
*9
The Body Shop UK@TheBodyShopUK(Twitter)
*10
The Body Shop “BeSeenBeheard Understanding young people’s political participation”
https://beseenbeheardcampaign.com/
*11
The Body Shop “BeSeenBeheard Understanding young people’s political participatio(In collaboration with UN)” p.7
https://beseenbeheardcampaign.com/static/media/UN_REPORT_TBS_ACCESSIBLE.b891cbcfa84c773f78e5.pdf
*12
PR TIMES「グローバルキャンペーン「Be Seen.Be Heard. 若者のパワー、未来の可能性へ」を日本で始動。2022年5月19日(木)よりスペシャル限定キット発売」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000131.000019887.html
筆者プロフィール
<横内美保子>
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。